七ツ石神社のお話 <社殿再建 後編>

七ツ石神社 社殿再建についての後編です。
前編はこちら)

七ツ石神社の再建には、丹波山村地域おこし協力隊の方が中心となり
並ならぬ尽力をもって当たりました。
まず、七ツ石神社を村の文化財として登録することから始まり
(2017年8月「七石権現社旧社地」登録)、
文化財維持の観点から村議会の承認を得て整備のための予算が組まれ、
狛犬修復(2018年4-11月)を皮切りに旧社殿の解体(同4月)から
境内地の整地・新社殿施工(同8-10月)へと一気に進められました。

そして11月7日に修復された2対の狛犬が復帰して新社殿も無事お披露目となり、
七ツ石神社は新たに生まれ変わりました。
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(新社殿 2018年12月撮影)

あんな山奥で朽ち果てそうになっていた神社が奇跡のように新しく様変わりし、
この地に山岳信仰が継がれてきたことをさらに未来へと伝える存在となったことには
目を見張るものがあります。

旧社殿が解体された後のしばらくの間、境内地が更地化して磐座のみの景観となったことも、
現存する記録としては約150年ぶりのことであったかもしれないとのこと。
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(磐座のみとなった七ツ石神社境内地(夜) 2018年5月撮影)

前編では小屋番T氏による旧社殿での年越の大祓の写真を紹介しましたが、
実はこの「磐座のみ」の時期にも夏越の大祓を行っていました。
僅かな灯火を境に磐座と直接相見えるT氏の姿は、
原初的な自然石信仰の時代を彷彿とさせます。
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(石段にお供えとランタンを設置し、夏越の大祓に臨む小屋番T氏 2018年6月撮影)

ただひとつ、正確を期すために注釈すべきこととして。
少し複雑な話になりますが、七ツ石神社の新社殿は、正しくは「社殿」ではありません。
公的には文化財である「七石権現社旧社地」を整備するために建てられたもの、
という位置づけになります。
行政には政教分離という原則があるため、
村が現役の信仰の場としての神社再建に当たることはできないからです。
この地はこれからも「七ツ石神社」と呼ばれ続けるでしょうが、それはあくまでも通称です。
新社殿については、
「過去に狼信仰がこの地にあったことを顕彰するための社殿型の記念碑」
であり、また
「古来からの狼の狛犬を保存・展示し続けるための小さな博物館」
といったほうが、建物の説明としてはより正確になるでしょう。

このような経緯には賛否が分かれるところもあるかもしれません。
私自身、何度も登って撮り続けてきたあの旧社殿の威容を目にすることがなくなったことを
寂しいとも感じています。
しかし、あのままではいずれ人知れず倒壊し、
そのまま放置されていたかもしれないことを思えば、
社殿再建という稀有なタイミングでささやかながらもこの地の記録に関われたことには
とても感慨深い思いがします。

雲取登山に向かわれる際、体力と時間が許すならば是非この地を訪れ、
この山を生活圏としていた往時の人たちが山の中で何を思い、何を表現しようとしたのか–と、
ふと立ち止まって感じ取っていただけたらと思います。
「新社殿」の中に鎮座する修復を終えた2体の狼の狛犬ももちろんですが、
内部を見上げて枡組や隅木などにも是非ご注目ください。
旧社殿の部材を使って再現されています。
また、左の柱に下げられている梵鐘も旧社殿からそのまま受け継がれたもので、
かつての姿を思い起こすことができるよう随所に様々な工夫がなされています。
宮大工さんたちが丹精を込め、意匠を凝らして設えられた山奥の「新社殿」は、
それだけでも敬って余りあるものだと思います。
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(2018年12月撮影)

そして、この地が行政上は神社でなくなった今でももちろん、
小屋番さんたちは変わらずこの地に格別の思いを抱いています。
昨年の大晦日にも、小屋の常連さんたちを交えて
小屋番T氏による年越の大祓の祝詞が捧げられました。
「神社として建てられたものではない」ということへの配慮からか、
磐座へのより深い敬慕からか−。
社殿の裏手、磐座を眼前にしてのお参りというちょっと新しいスタイルで。
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(登山者の安全を願って年越の大祓の祝詞を捧げる小屋番夫妻と常連たち
2018年12月撮影)

さて、そんなこんなの経緯を経た「七ツ石神社」ですが、
兎にも角にも新社殿再建・狛犬修復に携わられた関係者の皆様に深く敬意を表するとともに、
これからもこの地が末永く往時の山岳信仰を伝え、
多くの方が思いを寄せる存在であり続けることを願って筆を置きたいと思います。
乱文・乱筆、失礼しましたm(_ _)m
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(ランタンとヘッドライトでライトアップした新社殿と磐座 2018年12月撮影)

〜〜〜〜〜

小屋番Tより蛇足です。

私たち小屋番と最近の常連さんたちは、今回の建て替えに実質的には関与していません。
本当に、ただ見守っていただけです。
なのでブログにどう書くか悩み、
小屋のブログとしては取り上げなくてもいいのかも、と思ったりもしました。
ですが他ならぬ、5年前から思いを共にしてきた佐治多さんが
何の記録にも残らないであろう、私たちのごくささやかな営みを
素晴らしい写真と文章で著してくださったので…
恐縮ですが載せさせていただきます。

もちろん、旧七ツ石神社には私たちも知らない、
江戸時代(あるいはもっと遡るかも?)からの長い長い歴史があります。
聞き及ぶ範囲の昔のことでは、
小袖集落に住んでいらっしゃる氏子の皆さんや
初代小屋番の島崎兵一さんの奥様から、
旧社殿と鳥居を建てたときの様子などを伺っています。
現在も、自然体でありながら篤く信仰していらっしゃるご様子も。
初代の常連さんたちや諸先輩方が、小屋でお酒を飲みながら
七ツ石神社に時に救われ、時にバチを当てられた!という話を聞かせてくださったり。
崩れそうな旧社殿につっかえ棒をしたのは私だよ、いう方も現れました。
そして御神体を小袖の集落に降ろしたときのドキッとするお話も聞きました。

そういったエピソードを、いつか何らかの形で残せたらいいなぁと、漠然と思っています。

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